山奥に京の地名。

かざこしサイト
昨日天龍村為栗という所に行って来たのですが、天竜川を渡る橋のたもとに谷京と言う文字が見えます。
なんだこの秘境と言われる地に京などと言う地名はと思ったのですが、そう言えば泰阜村にも左京と言う地名があり、中川村だったかにも京と言う地名ではないが、源平平と言う地名があったことを思い出しました。

この天竜川沿いには南北朝時代の吉宗親王、その甥っ子、その流れをくむ家来たちが住み着き歴史を形作って来ています。

こんな秘境の地に流れて来て京を思い出し京と言う名が付く地名を付けたのでしょうか。

そんなことを考えて車の中にいたら飯田線豊橋行きが到着しちょっと数え切れないほどのお客様が降りて来ました。

年がら年中こんなに多くのお客様が来てくれたらもう秘境とは呼べないかななどと思いました。

帰りに国道まで出たら、大型バスが4台留まっていて後からも来ます。

この賑わいは紅葉と夏休みの時期だけだと思います。
普段は秘境駅めぐりのマニアと地域の数人の人ぐらいだと思います。

帰りに阿南町のかじかの湯に入って来たのですが、同じ村の人に聞いたのですが、阿南町天龍村売木村等は歴史的遺産が多く、歴史的遺産に行政が指定してくれるが、指定するだけで補助金は出してくれないので、維持が大変で、息子たちも逃げ腰だとのこと。

周りの人たちは、口を出すが、お金は出さない卑怯者、大変だよとの話。

しかし、この口を出しても金は出さないと言うのはどこに行ってもあるんだなあと感心したり、怒りを感じたりでした。